クラムのメンタリング理論とは―2つの機能をわかりやすく解説
職場で助言を受けたとき、それがすべてメンタリングに当たるとは限りません。業務の進め方を教える支援もあれば、不安を受け止め、自信の回復を支える関わりもあります。
キャシー・E・クラムは、キャリア発達を支えるメンタリングの働きを「キャリア的機能」と「心理・社会的機能」の二つに整理しました。この区別は、職場で受けた支援を振り返るときにも、キャリアコンサルタント試験の選択肢を判断するときにも役立ちます。
この記事では、二つの機能の違い、メンターと上司の違い、発達的ネットワークという新しい捉え方まで、具体例を交えて解説します。
Contents
クラムのメンタリング理論の全体像
メンタリングとは、経験を積んだ人が、経験の浅い人の成長やキャリア発達を継続的に支える関係や働きを指します。支援する側を「メンター」、支援を受ける側を「プロテジェ」と呼びます。
クラムの理論で最も重要なのは、メンタリングには次の二つの機能があるという点です。なお、「心理・社会的機能」は、資料によって「心理社会的機能」と表記されることもあります。
| 機能 | 支援の中心 | 主な例 |
|---|---|---|
| キャリア的機能 | 仕事上の成長や組織内での前進を支える | 挑戦的な仕事を任せる、仕事の進め方を教える、重要な人につなぐ |
| 心理・社会的機能 | 自信、役割認識、職業人としての自己理解を支える | 話を受け止める、よい点を認める、手本となる、率直に相談できる関係をつくる |
一方だけがメンタリングなのではありません。同じメンターが両方の機能を果たすこともあれば、複数の人が異なる機能を担うこともあります。
理論が生まれた背景
クラムは、組織における人間関係が個人のキャリア発達にどのような影響を与えるかを研究しました。キャリアは、本人の能力や意思だけで形成されるものではありません。仕事の機会を与える人、組織の事情を教える人、迷ったときに話を聴く人など、周囲との関係からも影響を受けます。
従来のメンタリング研究では、経験豊かな年長者と若手社員による、組織内の一対一の関係が主に想定されていました。しかし、キャリアを取り巻く環境が変化しやすくなると、一人の年長者の経験に頼った助言が、現在の状況に合わなくなる可能性もあります。
そこで後の研究では、メンタリングを一対一の固定的な関係だけでなく、複数の支援者から成るネットワークとして捉える考え方へと広がっていきました。
キャリア的機能とは
キャリア的機能は、プロテジェが仕事の能力を高め、組織の中で役割や機会を広げていくための支援です。
たとえば、次のような関わりが当てはまります。
- 難易度が少し高い仕事を任せ、成長の機会をつくる
- 仕事の進め方や組織内の暗黙のルールを教える
- 能力を発揮できる場や重要な関係者を紹介する
- 成果や能力が周囲に正しく伝わるよう後押しする
- 失敗の影響が大きくなりすぎないよう支える
この機能には、メンター自身の経験、立場、組織内での影響力が関係します。単に励ますだけでなく、仕事上の機会や情報に結び付ける点が特徴です。
心理・社会的機能とは
心理・社会的機能は、プロテジェが職業人としての自信を育て、自分の能力、役割、アイデンティティを明確にしていくための支援です。
たとえば、次のような関わりが当てはまります。
- 仕事上の迷いや不安を安心して話せるようにする
- 努力や成長を認め、本人が自分の強みに気付けるようにする
- メンター自身が職業人としての一つの手本になる
- 立場を越えて率直に意見を交わせる関係をつくる
この機能は、役職の高さだけで生まれるものではありません。相互の信頼や親密さが土台になります。そのため、直属の上司ではない先輩や同僚が心理・社会的機能を果たす場合もあります。
二つの機能を具体例で区別する
入社3年目のAさんは、初めて大きなプロジェクトを担当することになりました。先輩のBさんは、関係部署との調整方法を教え、重要な会議にも同席できるよう働きかけました。これは、仕事上の成長機会をつくるキャリア的機能です。
一方、Aさんが「自分には荷が重い」と打ち明けたとき、Bさんは不安を受け止め、これまでの成長を具体的に伝えました。これは、自己信頼や職業人としての自己理解を支える心理・社会的機能です。
同じ先輩の関わりでも、何を支えているかによって機能を区別できます。
- 仕事、昇進、機会、組織内での前進を支える:キャリア的機能
- 自信、受容、役割認識、アイデンティティを支える:心理・社会的機能
試験問題では、支援者の肩書ではなく、具体的な行動とその働きに注目することが大切です。
メンターと上司は同じではない
上司は、組織から与えられた権限に基づき、業務の指示、進捗管理、人事評価などを行います。メンターは、プロテジェの中長期的な成長やキャリア発達を支えます。
上司がメンターになることはありますが、上司であれば自動的にメンターになるわけではありません。また、メンターが人事評価を代行する必要もありません。
| 役割 | 主な目的 |
|---|---|
| 上司 | 組織目標の達成に向けて業務を管理する |
| 評価者 | 定められた基準により成果や行動を評価する |
| メンター | 本人の成長やキャリア発達を支える |
実際の職場では一人が複数の役割を担うことがあります。その場合でも、どの立場で関わっているのかを明確にしないと、本人が評価を恐れて率直に話せなくなるおそれがあります。
リーダーシップやソーシャルサポートとの違い
メンタリングと似た概念に、リーダーシップとソーシャルサポートがあります。
リーダーシップは、組織や集団の目標を達成するために、構成員へ働きかけることを中心とします。ソーシャルサポートは、周囲から得られるさまざまな支えを広く捉える概念です。
これに対してメンタリングは、特定の個人のキャリア発達を支える点に中心があります。実際の関わりは重なることがありますが、目的と焦点は同じではありません。
メンター側にも意味がある
メンタリングは、支援を受ける側だけに利益がある関係ではありません。クラムは、メンターも若い世代を支援する過程で、自分の経験や歩みを振り返り、支援者としての力を確かめられると考えました。
たとえば、後輩から新しい働き方について相談を受けることで、メンター自身がこれまで当然としてきた考えを見直すことがあります。自分とは異なる経験を持つ人との対話が、メンター側の学習につながることもあります。
メンターが一方的に正解を教え、プロテジェが受け取るだけの関係と考えないことが重要です。
発達的ネットワークとは
ヒギンズとクラムは、キャリア発達を支える関係を、一人のメンターとの固定的な関係ではなく、複数の支援者から成る「発達的ネットワーク」として捉えました。
発達的ネットワークに含まれる支援者は、同じ会社の上司や先輩に限りません。社外の専門家、以前の職場の同僚、地域の知人、家族などが、それぞれ異なる形でキャリア発達を支える場合があります。
| 伝統的な捉え方 | 発達的ネットワークの捉え方 |
|---|---|
| 一人の年長者が若手を支える | 複数の人が異なる支援を提供する |
| 同じ組織内の階層的な関係が中心 | 社内外の多様な関係を含む |
| 長期的で一対一の関係を想定する | 必要な時期に複数の関係が生まれる |
| プロテジェの学習が中心 | 双方向の学習や相互作用も重視する |
これは「一人のメンターは不要」という意味ではありません。一人ですべてを支えることを前提にせず、誰からどのような支援を得ているかを広く捉える考え方です。
キャリアコンサルティングでの活用方法
相談者が転職や役割変更を前に自信を失っているとき、個人の能力だけでなく、これまでのキャリアを支えた人間関係を振り返ることが役立ちます。
たとえば、次のように尋ねることができます。
- 仕事の進め方や職場の事情を教えてくれた人はいましたか
- 挑戦する機会を与えたり、人とのつながりを作ったりしてくれた人はいましたか
- 迷いや不安を安心して話せた人はいましたか
- あなたの強みや成長を認めてくれた人はいましたか
- 今後、どのような支援が必要で、誰から得られそうですか
前半はキャリア的機能、後半は心理・社会的機能に目を向ける問いです。過去の支援関係を確認することで、相談者が自分の成長を捉え直したり、今後必要なつながりを具体化したりできます。
ただし、キャリアコンサルタント自身がメンターになることを当然の前提にしてはいけません。相談関係の目的、期間、守秘義務、役割の境界を保ち、必要に応じて職場内外の支援資源を一緒に検討します。
キャリアコンサルタント試験で注意したい点
試験対策では、まず次の対応関係を押さえましょう。
- 理論家:キャシー・E・クラム
- 支援する側:メンター
- 支援を受ける側:プロテジェ
- 二つの機能:キャリア的機能と心理・社会的機能
- キャリア的機能:仕事上の機会、情報、挑戦、昇進への準備などを支える
- 心理・社会的機能:受容、自信、役割認識、アイデンティティなどを支える
- 関連概念:発達的ネットワーク
特に注意したいのは、二つの機能を入れ替えた選択肢です。挑戦的な仕事を任せることや、組織内で活躍する機会をつくることはキャリア的機能です。相談を受け止めることや、本人のよい点を認めることは心理・社会的機能です。
また、次のような説明も適切ではありません。
- メンターは必ず直属の上司である
- メンタリングの中心は人事評価である
- 二つの機能は同時には働かない
- 支援を受ける側だけが学び、メンターは何も得ない
- キャリア発達を支える人は一人に限られる
名称だけを暗記するのではなく、「その行動によって、仕事上の前進と心理面のどちらが主に支えられるのか」を判断しましょう。
理解を確認する一問一答
問1
メンタリングの二つの機能は何ですか。
答え
答え:仕事上の成長や機会を支えるキャリア的機能と、自信や職業人としての自己理解を支える心理・社会的機能です。
問2
メンターは必ず直属の上司ですか。
答え
答え:いいえ。上司がメンターになる場合はありますが、同僚、社外の専門家、以前の職場の知人などがメンター的な役割を果たすこともあります。
問3
発達的ネットワークとは、どのような考え方ですか。
答え
答え:キャリア発達を支える関係を、一人のメンターだけでなく、社内外の複数の支援者から成るネットワークとして捉える考え方です。
まとめ
クラムのメンタリング理論では、キャリア発達を支える働きを、キャリア的機能と心理・社会的機能に分けて捉えます。
キャリア的機能は、仕事上の機会や成長を支える働きです。心理・社会的機能は、自信、役割認識、職業人としての自己理解を支える働きです。両者は排他的ではなく、一つの関係の中で同時に働く場合があります。
さらに、現在のキャリア支援を考えるときは、年長者との一対一の関係だけでなく、社内外の複数の人との発達的ネットワークにも目を向けることが大切です。誰がメンターかを一人に決めるのではなく、誰からどのような支援を得てきたのかを具体的に整理することで、相談者のキャリアをより広く理解できます。
参考資料
- 『新時代のキャリアコンサルティング』「クラムのメンタリング理論」pp.92–95
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)資料シリーズNo.165『職業相談場面におけるキャリア理論及びカウンセリング理論の活用・普及に関する文献調査』
- Higgins, M. C., & Kram, K. E.(2001)“Reconceptualizing Mentoring at Work: A Developmental Network Perspective”
- クラム,K.(渡辺直登・伊藤知子訳)(2003)『メンタリング―会社の中の発達支援関係』白桃書房



