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「絶対臥褥(ぜったいがじょく)」とは
「絶対臥褥(ぜったいがじょく)」とは、主に森田療法における治療の初期段階の方法で、患者が個室に隔離され、食事や排泄などの必要な行動以外はベッドや布団の上で横になり続ける状態を指します。
この期間は普通1週間程度で、患者はあらかじめ「不安や症状はそのまま起こるが、そのまま受け入れる」ことを指示されます。
意図としては、患者が感情をジタバタせず「そのまま味わう」ことで感情を体得し、精神的な症状の改善を促すものです。
具体的には、外部からの刺激や身体運動などのチャンネルが制限され、身体感覚や感情に直接向き合う環境を作ることで、不安や恐怖といった感情を「そのまま」に受け止め、乗り越えるためのリハビリ的な意味合いがあります。
ですので、「絶対臥褥」とは「何があっても布団に横になり続けること」を意味し、森田療法の重要な治療ステップのひとつです。
絶対臥褥が患者に及ぼす心理的効果
- 心身の安静が得られ、初めの1~2日間はリラックスできるが、その後3~5日頃に過去や未来への様々な連想が広がり、不安や苦悩が強まることが多い。
この不安をそのまま堪え忍ぶ経験が、森田療法で「煩悩即解脱」と呼ばれる心的転機につながる場合がある。 - 不安や恐怖などの負の感情を無理に排除せず、「あるがまま」に受け入れる心の態度(マインドフルネスに近い精神状態)を養うことができる。
- 退屈感や軽い欲求不満の状態から徐々に活動意欲が高まってくることで、その後の軽作業期に向けた足がかりとなる。
- 不安症やうつ病の治療では、体力が枯渇した状態で精神的な活動に取り組む前に、まず十分な身体的安静を取ることが重要で、そのための期間として位置付けられる。
- 患者は不安と向き合い、そのまま経験することで、不安に執着することから解放され、生きたいという欲求(生の欲望)をより素直に発揮していく心の態度が形成されていく。
- このように、絶対臥褥は患者に対して不安や症状を「そのまま」受け入れる態度を身につける重要な心理的効果を持ち、精神的な回復の基盤を作る治療的ステップとされています。
絶対臥褥期に心理的苦悩が高まる理由
- 身体的活動の制限による退屈感と不安
絶対臥褥期間は個室でベッド上にほぼ固定されるため、外部刺激も身体運動も著しく制限されます。このため、最初はリラックスできても3~5日で強い退屈感が生じ、精神的な不安や焦燥感が増してきます。やることがほとんどなく、意識が内面に向かうため、過去や未来の不安や思考が頭を巡りやすくなります。 - 不安や恐怖など負の感情を「そのまま」経験することによる心理的負荷
森田療法では症状や不安は排除せず、「そのまま味わう」ことを指導されます。これにより、不快な感情や苦悩を避けられずに受け入れる経験が増えるため、最初は苦しい精神状態となります。この心理的な苦悩そのものが治療の重要な一部であり、「不安に執着し過ぎることからの解放」へとつながります。 - 孤独感や自己と向き合う時間の増加
個室隔離という環境により、患者は家族や普段の生活から離れ孤独感を感じやすくなり、その中で自己の感情や過去の出来事にじっくり向き合う時間が増えます。この内省的な状態が苦悩を高める要因となります。 - 精神的な準備や自己受容のプロセス
絶対臥褥期は後の軽作業期や重作業期へ進むための準備期間であり、不安や葛藤を「あるがまま」に受け入れ、「生の欲望」=「よりよく生きたいという根源的欲求」に気づく心の態度を醸成する過程でもあります。この心の変化には一時的に強い苦悩が伴います。
以上の理由により、絶対臥褥期は心理的苦悩が高まる時期となりますが、その苦悩の体験と受容こそが森田療法における回復の重要な柱とされています。
「絶対臥褥」と、「系統的脱感作」プロセスの類似点
「絶対臥褥(ぜったいがじょく)」のプロセスと、行動療法の「系統的脱感作(systematic desensitization)」のプロセスにはいくつかの類似点が見られますが、中核的な目的やアプローチには明確な相違もあります。
類似点
段階的な心理的変化の促進
どちらも「不安・恐怖・不快感」を直接的・段階的に経験することを治療的価値とみなします。
絶対臥褥は、日常活動を極度に制限することで不安・退屈・孤独といった感情と強制的に向き合わせ、「そのまま受け入れる」過程を経て精神的適応が進みます。
系統的脱感作は、不安や恐怖を引き起こす刺激に対して緊張と相容れない状態(例えば筋弛緩など)と組み合わせつつ、段階を踏んで刺激に慣れていく(脱感作される)プロセスです。
暴露体験の治療的意義
不安や恐怖を「回避せず、そのまま体験する」ことが回復の要になるという思想は共通しています。
相違点
絶対臥褥 | 系統的脱感作 |
---|---|
森田療法に特有。主に患者をベッド上で完全安静にし、外部刺激を遮断した状態で「不安・苦悩」を受け入れる態度の体得を促す。 | 行動療法の一つ。不安・恐怖を「恐怖階層表」に基づき段階的に想像または現実に曝露し、リラクゼーションを組み合わせて恐怖反応を減弱させる。 |
「受け入れる」「あるがまま」の姿勢重視。不安や苦痛の原因を徹底的に遠ざけず、むしろ味わい尽くす態度を指導する。 | 「慣れ」や「逆制止(リラクゼーションなど)」の原理で、不安を条件付けとして除去する。科学的・行動理論に基づく。 |
刺激制限や孤独の中で“生きたい”という根源的欲求を呼び覚まし、主体的な適応や行動へつなげる。 | 不安や恐怖対象の階層的曝露 → 脱感作、という段階的プロセス。生活機能改善や自信回復が直接的目標となりやすい。 |
補足
- 超要約すると、「絶対臥褥」は“何もせず強制的に自己の内面と向き合い、不安や衝動を受け容れる”森田療法独特のプロセス、「系統的脱感作」は“不安を感じる刺激にリラックスした状態で少しずつ慣らすことで恐怖を減らす”行動療法プロセスです。
- 両者とも「不安に向き合い、行動変化や適応を促す」点では共通しますが、理論的背景と具体的な方法論は大きく異なります。
患者が“不安や苦痛を回避せず、そのまま経験し馴化していく”という心理プロセスには確かに似通った部分があります。ただし、臨床現場での応用や理論枠組みには明確な差異もある点にご留意ください。